公開日:2026年10月2日 執筆:池田哲郎(中小企業診断士・認定経営革新等支援機関/池田計画合同会社 代表)
「新聞で企業価値担保権という言葉を見た。不動産がなくても借りられるようになるらしいが、うちのような会社にも関係あるのか」。2026年5月に制度が始まり、そう感じた経営者の方も多いのではないでしょうか。
結論から言えば、企業価値担保権とは、会社の総財産を、技術やノウハウ・顧客基盤といった事業の将来性も含めて一体で担保にする新しい制度です。2026年5月25日に施行された「事業性融資の推進等に関する法律」で創設され、設定できるのは株式会社と持分会社(合同会社など)に限られます。
先に正直な見立てをお伝えすると、多くの中小企業にとって「来月から使う制度」ではありません。一方で、事業承継や大きな設備投資を控えた会社には、経営者保証に頼らない借り方の選択肢として、知っておく価値が十分にあります。
私は元銀行員で、法人融資の審査に携わっていました。この記事では、制度の説明だけでなく、貸す側から見て何が変わるのか、そして山梨の会社の多くが使っている信用保証協会付きの融資と、どう組み合わさるのかを、金融庁・中小企業庁の一次資料の原文に沿って整理します。法律家向けの解説では後回しにされがちな、借り手側のデメリットにも触れます。
企業価値担保権とは?会社の総財産を一体で担保にする仕組み
企業価値担保権は、2024年に成立した「事業性融資の推進等に関する法律」(令和6年法律第52号)によって創設され、2026年5月25日に施行されました。金融庁の制度の概要では、骨格が次のように示されています。
- 担保の目的は会社の総財産(法7条)。工場や預金だけでなく、将来会社に入ってくる財産も含め、事業をまるごと一体として担保にする
- 企業価値担保権は商業登記簿に登記する(法15条)
- 担保権者には、制度の概要などを借り手に説明する義務がある(法40条)
- 極度額(担保する上限額)の設定は任意で、借り手から請求があれば設定される(法9条)
もうひとつ押さえておきたいのが、担保権者が誰かです。法律案の段階の金融庁の概要資料には、取引先などの一般債権者を保護するため「新たに創設する信託業の免許を受けた者を担保権者とする」と書かれています。融資をする銀行と借り手のあいだに、信託契約が1枚かむ形です。とはいえ別の会社が窓口に出てくるとは限りません。金融庁のFAQでは、銀行の支店の融資担当者が融資契約とあわせて信託契約も結ぶ形が想定されています。
従来の担保と何が違うのかは、金融庁の企業価値担保権に関するFAQの比較表がいちばん分かりやすいので、要点を抜き出します。
| 担保の種類 | 回収の原資 | 倒産時の担保付債権の価値 | 他の債権者との関係 |
| 不動産担保 | 不動産 | 融資時点でも見込みやすい | 無担保等に優先 |
| 無担保 | 総財産 | ゼロに近い | 他の無担保と按分 |
| 企業価値担保 | 総財産 | 倒産時でないと予測困難 | 無担保等に優先 |
出典:金融庁「企業価値担保権に関するFAQ」(よくあるご質問7点)の参考表から抜粋
不動産担保は「もしものとき土地を売ればいくら回収できるか」が先に見えます。企業価値担保はそれが見えません。だからこそ、貸す側は事業そのものを見続けるしかない。この制度の性格は、ここにほぼ集約されています。
経営者にとって何が変わるのか?担保される融資には経営者保証が原則として使えなくなる
借り手側からみた最大の変化は、経営者保証の扱いです。企業価値担保権で担保される債権について、経営者などの個人が保証人になっていても、金融機関はその保証を原則として行使できません(法12条)。金融庁の概要資料の言葉では「債務者の粉飾等の例外を除き、経営者保証の利用を制限する」です。
例外は法12条4項で、事業や財産の状況について虚偽の報告をしたことを条件とする保証のような、主務省令で定める要件を満たす契約です。このため、虚偽報告などを条件とする形の保証契約を求められること自体はあり得ます。それでも企業価値担保権で担保される融資については、正直に情報を出している限り、社長個人が保証の履行を求められることはない、という設計です。ただし、担保の範囲から外した借入(後で見る協会付き融資など)や、他の金融機関からの借入に付いている経営者保証は、そのまま残ります。経営者保証が会社のすべての借入から消えるわけではありません。経営者保証を外すための既存の制度(ガイドラインの3要件や保証協会の事業者選択型など)については「経営者保証を外すには」で整理しています。企業価値担保権は、それとは別ルートの選択肢という位置づけになります。
ほかにも、借り手にとって知っておきたい点が2つあります。
- いつでも借り換えで外せる:金融庁FAQは、事業者はいつでも借り換えによって企業価値担保権を消滅させること(メインバンクの交代など)ができると説明しています(法28条)
- 「担保価値の範囲内で借りられる」わけではない:金融庁のチラシは、融資の可否・融資額は事業計画などを踏まえ、その実現に必要な資金額の評価などで判断され、企業価値は融資時に算定されない場合も多いと明記しています
2つめは誤解が多いところです。「会社の価値が5億円と評価されたら5億円まで借りられる」という仕組みではありません。貸してもらえる額を決めるのは、あくまで計画の中身と、そこから生まれる返済原資です。
銀行の見方はどう変わるのか?元銀行員が読む「債務者区分に将来性を織り込める」
ここが、私がいちばん大きな変化だと感じている部分です。金融庁は2026年5月に「事業者と金融機関の信頼関係に基づく事業性融資に関する基本的な考え方」を公表し、企業価値担保権付きの融資では「事業の将来性」を債務者区分・格付に反映できるとしました。原文には、赤字・債務超過などの過去の指標に囚われず、将来・定性情報を考慮して債務者区分・格付を付与することも合理的な判断になる、とまで書かれています。
銀行の中にいた立場で言うと、これは小さな話ではありません。債務者区分は決算書の数字でほぼ機械的に決まり、区分が下がれば銀行は引当金を積まなければならない。引当が増える先には貸しにくい。この流れで、将来性のある会社でも赤字の年には新しいお金が出にくい、ということが現場では普通に起きていました。区分の仕組みそのものは「債務者区分とは」で解説しています。
引当の扱いについても、金融庁は2025年7月の検討ペーパー「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方について」で、企業価値を不動産のような「一般担保」として扱うことは非常に難しいとする一方、無担保融資と同じ扱いにするのも、およそ合理的でないという整理を示しています。緊密な関係とモニタリングによって、債務者区分を落とさずに維持できる可能性が高まる、という理屈です。
ただし、条件があります。将来性を区分に反映できるのは、金融機関が事業者を支援し、事業計画を継続的にフォロー・見直しする態勢があることが前提だと、同じ文書に注記されています。裏を返せば、借り手の側にも、計画を出し続け、進み具合を説明し続ける覚悟が要るということです。
融資のご相談で私がお伝えしているのは、「担保に頼らず、キャッシュフローで説明できる計画を作ってください」ということです。実際のご相談でも、借入のない不動産をお持ちなのに、担保としてはほとんど評価されないケースがありました。企業価値担保権は、その「キャッシュフローで説明する」という考え方を、法律の側から正式に後押しする制度だと私は読んでいます。
信用保証協会付きの融資がある会社はどうなるのか?
山梨の中小企業の借入は、信用保証協会付きの融資が中心という会社が多いはずです。ここは他の解説記事がほとんど触れていない点なので、少し詳しく書きます。金融庁と中小企業庁は2026年5月に「企業価値担保権制度と信用保証制度の利用に関する留意事項」を出しています。要点は次のとおりです。
- 協会付き融資があって企業価値担保権を使おうとする場合、金融機関から信用保証協会への事前の報告・相談が必要
- 協会が経営者などの個人保証や、個人の自宅などへの担保を取っている協会付き債権は、企業価値担保権で担保する範囲から除くのが基本(協会の了解が得られ、個人保証等を解除できれば含めることも可。ただし解除に応じられないケースもあると明記)
- 無担保が前提の信用保証(無担保枠)も、担保する範囲から除く対応が求められる
- すでに企業価値担保権を使っている会社が新たに協会保証を申し込むときは、金融機関が「将来性展望シート」を協会に提出する(なぜ協会保証が必要なのかを、資金使途やリスクとあわせて具体的に説明するもの)
同じ資料には、併用のイメージが具体的な数字で載っています。製造業のX社が設備投資で総額200百万円の資金を必要としたケースです。
| 借入の内訳 | 相談前 | 設備投資後 | 企業価値担保権との関係 |
| プロパー融資(既存) | 50百万円 | 50百万円 | 担保する範囲に含める |
| 協会付き融資(無担保枠・経営者保証なし) | 80百万円 | 80百万円 | 範囲から除く |
| 新規プロパー融資 | — | 180百万円 | 担保する範囲に含める |
| 新規協会付き融資(普通枠・80%保証・経営者保証なし) | — | 20百万円 | 範囲から除く |
出典:金融庁・中小企業庁「企業価値担保権制度と信用保証制度の利用に関する留意事項」(2026年5月)の利用例を表に整理
読み取ってほしいのは、企業価値担保権は、銀行がプロパー融資で自らリスクを取る場面の道具だという点です。協会付き融資はそのまま残り、新しいお金の大半はプロパーで出ています。
経営改善のご相談で実際にあったのが、借入の大半が協会付きで、メインバンクが経営改善にも新しい提案にもなかなか動いてくれない、という会社です。貸し倒れても大半を協会が代位弁済するので、銀行の危機感が薄くなる。企業価値担保権は、その構図とは逆向きに、銀行が事業をよく理解したうえでプロパーで踏み込むための仕組みです。協会付き中心の取引に限界を感じている会社にとっては、プロパー融資を増やすときの交渉材料として知っておく意味があります。プロパーと協会付きの違いそのものは「プロパー融資とは」をご覧ください。
借り手にとってのデメリット・注意点は?
メリットばかりが語られがちですが、借りる側が引き受けるものもあります。一次資料から読み取れるものを並べます。
| 注意点 | 中身 | 根拠 |
| 担保は会社の全部 | 個別の不動産ではなく、総財産(将来の財産を含む)が担保になる | 法7条 |
| 大きな財産処分には事前の同意 | 融資判断の前提を超える財産処分(事業譲渡など)は、担保権者との事前のコミュニケーション・同意が必要 | 法20条・制度の概要 |
| 報告の機会が増える | 伴走支援のため、事業計画などの資料提出の機会が増えると想定されている | 金融庁チラシ |
| 複数行取引は調整が重くなる | 複数の貸し手から借りることも可能だが、基本は1つの金融機関団からの借入が想定。別々に借りると新規調達や経営改善の調整に時間がかかるおそれ | 金融庁FAQ 04 |
| 登記で外から見える | 商業登記簿に登記される | 法15条 |
| 実行されたら事業ごと譲渡 | 実行時は商取引債権・労働債権など事業継続に不可欠な費用を優先して弁済し、事業譲渡の対価を返済に充てる | 金融庁 法律案の概要 |
私が特に気にしてほしいのは、2つめと4つめです。いま地銀と信金の2行、3行と取引していて、条件を比べながら借りている会社は少なくありません。企業価値担保権は、その「複数行を並べる」借り方とは考え方が逆で、1つの金融機関(団)と深く組む前提の制度です。
また、貸す側が条件(コベナンツ)を厳しく付けてくる可能性もあります。M&Aの資金調達に長く携わってきた方から、小規模な案件では地銀や信金が警戒して、たとえば「純資産が前年度比で70%を割り込まないこと」といった制限条項を細かく付けてくると聞いたことがあります。企業価値担保権でも、金融庁の基本的な考え方は、初期の審査時に必要に応じてコベナンツを設定することに触れています。契約書の条件は、金利と同じ重さで読んでください。
自社は検討する価値があるのか?向いている会社・向かない会社
金融庁のチラシと制度の概要は、主な活用場面としてスタートアップ、事業承継、事業拡大・再生、M&A・プロジェクトファイナンスを挙げています。これを中小企業の実務に引き直すと、次のように整理できます。
| 確認すること | 検討の余地あり | いまは見送りが現実的 |
| 会社の形態 | 株式会社・合同会社などの持分会社 | 個人事業主(設定できない) |
| 資金が要る局面 | 事業承継・大きな設備投資・M&A・事業の立て直しなど、将来性で説明したい資金需要がある | 当面の運転資金を協会付きでつないでいる |
| 担保の状況 | 不動産などの有形資産が乏しい、または担保評価が低い | 不動産担保と協会付き融資で十分に回っている |
| 経営者保証 | 保証が承継や投資の足かせになっている | すでに保証なしで借りられている |
| 金融機関との関係 | 1つの金融機関と深く組む覚悟がある | 複数行の条件比較で借りたい |
| 情報開示 | 事業計画や月次の数字を継続して出せる | 試算表が決算後にしか固まらない |
見送りの列に多く当てはまっても、がっかりする必要はありません。最後の2行は、企業価値担保権を使うかどうかに関係なく、銀行との関係を強くする条件そのものです。私の感覚では、月次の試算表と資金繰りの見通しを毎月出せている会社は、それだけで銀行の見る目が変わります。
なお、金融庁FAQは、企業価値担保権を採用するかどうかは各金融機関の経営判断だとしています。取引先の金融機関が扱っているかどうかは、担当者に直接確認するのが確実です。
検討するなら、何から準備すればよいか?
制度の中身からして、準備の中心は担保の書類ではなく事業の将来性を説明する材料です。順番に挙げます。
- 事業計画(数年分の収支と、その根拠):売上は「数量×単価」まで分解し、なぜその数字になるのかを説明できる形にする。作り方は「財務モデルの作り方」で解説しています
- 資金繰り表:返済の原資がいつ、いくら生まれるのかを月次で示す。「資金繰り表の作り方」に銀行提出用の型があります
- 月次の試算表を締める仕組み:融資後も計画の進み具合を共有し続ける制度なので、毎月の数字がすぐ出ることが前提になります
- いまの借入の棚卸し:金融機関ごとに、プロパーか協会付きか、経営者保証や個人の担保があるかを一覧にする。前の章で見たとおり、協会付きの扱いがここで決まります
事業承継を控えている会社であれば、後継者が保証を引き継ぐかどうかが論点になりやすいので、承継の段取りと一緒に考えるのが実務的です。「事業承継計画書の書き方」もあわせてご覧ください。
なお、信託契約の条項や登記の手続きは、弁護士・司法書士の領域です。経営者として判断すべきなのは「この資金を、この計画で、この金融機関と組んで調達するか」であり、私たちのような立場がお手伝いできるのも、その判断の材料となる計画づくりと、金融機関への説明の組み立てまでだと考えています。
よくある質問
合同会社や個人事業主でも企業価値担保権は使えますか?
合同会社は使えます。金融庁のチラシには、設定できるのは株式会社・持分会社であり、個人事業主や会社以外の法人は設定できないと明記されています。持分会社には合同会社・合名会社・合資会社が含まれます。個人事業主の方は、法人成りしてから検討することになります。
社長が持っている自社株を担保に入れるのと何が違いますか?
金融庁のFAQは2点を挙げています。株式は借り手(会社)の財産ではなく株主の財産であること、そして株式が把握している価値は企業価値から総負債額を除いた株主価値であって、企業価値そのものではないことです。株式担保は実行が容易という特徴があり、M&Aの資金調達では全財産担保と併用されることもあると説明されています。
登記されると、取引先に「資金繰りが苦しいのか」と思われませんか?
企業価値担保権は商業登記簿に登記されるので、登記簿を見れば分かります。この点について金融庁のチラシは、金融機関に事業の将来性を評価・期待され、資金・経営支援を受けやすい緊密な関係にあるといった前向きな見方がされるものと考えている、と説明しています。ただ、制度が始まって間もないため、取引先の受け止め方は業界や相手次第というのが正直なところです。主要な取引先には、こちらから先に趣旨を説明しておくほうが無難です。
いまの借入をすべて借り換えないと、企業価値担保権は使えないのですか?
金融庁の制度の概要は、主な活用例について、いずれも既存の借入をすべて借り換えて(リファイナンスして)行うか、借入のない企業に行う融資の類型だと注記しています。一方で、金融庁・中小企業庁の留意事項の利用例では、同じ銀行の協会付き融資を担保の範囲から外したまま残す形も示されています。借入をどこまで一本化するかは取引の構成次第なので、提案を受けた段階で、どの借入が担保の範囲に入るのかを一覧で確認してください。
企業価値担保権を使うと、金利は安くなりますか?
今回確認した金融庁の資料には、金利が下がるという記載はありません。金利は個々の金融機関と事業者のあいだで決まるものです。比べるときは金利だけでなく、コベナンツの内容、報告の頻度、経営者保証が外れることの価値まで含めて判断してください。いまの融資金利の水準感をつかむには、日本銀行の貸出約定平均金利などの公表統計が手がかりになります。
企業価値担保権は、使う・使わないより先に「自社の将来性を、数字と言葉で金融機関に説明できるか」を問う制度です。当社は融資を審査する側にいた元銀行員として、事業計画と資金繰りの見通しを整え、金融機関にどう説明するかまで一緒に組み立てています。まずは融資・資金調達の支援サービスをご覧いただき、無料相談はこちら(お問い合わせフォーム)からお気軽にご連絡ください。
監修:池田哲郎。八十二銀行で法人融資の審査・経営改善支援に従事し、事業計画や決算を「審査する側」として100件超を見てきた経験を持つ。現在は中小企業診断士・認定経営革新等支援機関として、山梨県で融資・補助金・経営計画の支援を行う。本記事の制度情報は、金融庁「金融仲介機能の発揮/事業性融資の推進(企業価値担保権等)」掲載の制度の概要・チラシ・FAQ、金融庁「企業価値担保権付き融資の評価や引当の方法等に係る基本的な考え方について」(令和7年7月2日)、金融庁「事業者と金融機関の信頼関係に基づく事業性融資に関する基本的な考え方」(2026年5月)、金融庁・中小企業庁「企業価値担保権制度と信用保証制度の利用に関する留意事項」(2026年5月)、金融庁「事業性融資の推進等に関する法律案の概要」をもとに、2026年10月2日時点で確認しています。
融資・資金調達のご相談はお気軽に
審査する側にいた元銀行員が、申し込む前の計画と数字を一緒に確認します。初回のご相談は無料です。
無料相談はこちら