公開日:2026年8月9日 執筆:池田哲郎(中小企業診断士・認定経営革新等支援機関/池田計画合同会社 代表)
「最低賃金も上がるし、うちも給料を上げないと人が採れない。でも上げたぶんは、ただ出ていくだけですよね」。賃上げの話になると、経営者からよくこう言われます。正直に言えば、この感覚は半分だけ正しくて、半分は損をしています。賃上げした金額の一部を、法人税から直接差し引ける制度があるからです。
中小企業向け賃上げ促進税制とは、青色申告の中小企業者等が前年度より給与等の支給額を増やした場合に、その増加額の15%または30%(上乗せを含めて最大35%)を法人税額・所得税額から直接控除できる制度です。令和8年3月31日までに開始した事業年度であれば、教育訓練費の上乗せを含めて最大45%です。ただし、2026年のいまは制度の切り替え時期にあたっていて、同じ「中小企業向け賃上げ促進税制」でも、決算月によって使える中身が違います。本記事は2026年8月時点の中小企業庁・経済産業省・国税庁の公表資料に基づきます。
私は元銀行員として法人融資の審査に長く携わったあと、中小企業診断士・認定経営革新等支援機関として補助金と資金繰りのご相談を受けています。この記事では制度の要件だけでなく、助成金を受け取っている会社が取りこぼしやすい点と、賃上げを決める前に決算書のどこを見ているかまで書きます。
中小企業向け賃上げ促進税制とは、どんな制度か?
この税制は、賃上げした金額そのものを税額から差し引く「税額控除」の制度です。経費が増えて課税所得が減るという間接的な効果ではなく、計算した税金から直接引きます。
中小企業庁は、青色申告書を提出している中小企業者等が一定の要件を満たしたうえで前年度より給与等の支給額を増加させた場合、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できる制度、と説明しています。制度の骨格は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
| 根拠法令 | 租税特別措置法42条の12の5(国税庁 No.5927-2) |
| 対象者 | 青色申告の中小企業者等(資本金の額または出資金の額が1億円以下の法人、協同組合等)、または常時使用する従業員数1,000人以下の個人事業主 |
| 対象外 | 前3事業年度の所得金額の平均額が15億円を超える法人。大規模法人から2分の1以上の出資を受ける法人など |
| 適用期間 | 令和6年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度(個人事業主は令和7年〜令和9年の各年) |
| 控除の上限 | その事業年度の法人税額または所得税額の20%(繰越控除を使う場合は、繰越分と合わせて20%) |
| 手続き | 確定申告書等に控除額とその計算に関する明細書を添付(事前の認定や申請は不要) |
注目していただきたいのは、手続きの欄です。補助金のように公募に応募して採択されるものではありません。要件さえ満たしていれば、決算のときに申告書へ明細を添えるだけで使えます。裏を返すと、誰も教えてくれないまま、要件を満たしていたのに使わずに終わる会社が出てきます。実際に相談の場で決算書を拝見していると、賃上げはしているのに別表がついていない、というケースに出会います。
なお、給与等支給額の集計対象は「国内雇用者」です。経済産業省の用語説明では、事業所ごとに作成された賃金台帳に記載された者を指し、パート・アルバイト・日雇いも含みますが、使用人兼務役員を含む役員と、役員の特殊関係者(親族など)は含まれません。退職金など給与所得にならないものも、原則として給与等には当たりません。
いま自社に適用されるのは、どちらの制度か?
ここが2026年の最重要ポイントです。令和8年度税制改正によって上乗せ措置が変わったため、いつ始まった事業年度かによって、同じ中小企業でも最大控除率が45%と35%に分かれます。
経済産業省は「事業年度と適用可能な賃上げ促進税制の関係」という整理を公表しています。中小企業向けの部分を、決算月に置き換えると次のようになります。
| いつ始まった事業年度か | 適用される制度 | 教育訓練費の上乗せ | 最大控除率 |
| 令和6年4月1日〜令和8年3月31日に開始(例:2026年3月期、2026年12月期) | 令和6年度改正の税制 | 使える(+10%) | 45% |
| 令和8年4月1日〜令和9年3月31日に開始(例:2027年3月期) | 令和8年度改正の税制 | 廃止 | 35% |
| 個人事業主:令和7年分・令和8年分 | 令和6年度改正の税制 | 使える(+10%) | 45% |
| 個人事業主:令和9年分 | 令和8年度改正の税制 | 廃止 | 35% |
中小企業庁のご利用ガイドブックは冒頭の「重要なお知らせ」で、教育訓練費に係る上乗せ措置は令和7年度末をもって廃止された、と明記しています。そのうえで、この上乗せが使えるのは法人なら令和6年4月1日から令和8年3月31日までの間に開始する各事業年度、個人事業主なら令和7年と令和8年、としています。
つまり実務では、こうなります。3月決算の法人は、いま進行している事業年度(2027年3月期)がすでに新しい制度で、教育訓練費の上乗せは使えません。一方で12月決算の法人は、進行中の2026年12月期が令和6年4月1日〜令和8年3月31日に開始した事業年度にあたるため、まだ教育訓練費の上乗せを使えます。個人事業主も令和8年分までは使えます。研修費や外部講習にお金をかける予定があるなら、その会社にとっては今期が最後の機会です。
自社がどちらかを確かめる手順は単純です。決算書か法人事業概況説明書で当期の「事業年度の開始日」を見て、令和8年4月1日より前か後かを判定してください。年号ではなく開始日で切れる点だけ注意すれば、迷うことはありません。
控除率は何%になるのか?
控除率は、賃上げ率で15%か30%が決まり、そこに上乗せ要件が加算される二段構えです。
まず必須要件です。全雇用者の給与等支給額が前事業年度と比べてどれだけ増えたかで判定します。計算式は「(適用事業年度の雇用者給与等支給額 − 前事業年度の比較雇用者給与等支給額)÷ 前事業年度の比較雇用者給与等支給額」です。
| 要件 | 内容 | 税額控除率 |
| 賃上げ要件(1) | 全雇用者の給与等支給額が前年度比1.5%以上増加 | 15% |
| 賃上げ要件(2) | 全雇用者の給与等支給額が前年度比2.5%以上増加 | 30% |
| 上乗せ要件(1) | 教育訓練費が前年度比5%以上増加、かつ適用事業年度の雇用者給与等支給額の0.05%以上(令和7年度末で廃止) | +10% |
| 上乗せ要件(2) | 適用事業年度中にくるみん認定・えるぼし認定(2段階目以上)等を取得、または期末時点でプラチナくるみん認定・プラチナえるぼし認定を取得 | +5% |
ここで見落とされやすいのが、控除率をかける対象です。かけるのは賃上げ後の給与総額ではなく、増加額のほうです。中小企業庁の資料では「控除対象雇用者給与等支給増加額」と呼び、雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を差し引いた金額と定義しています。前年度4,000万円だった給与総額を4,080万円にしたなら、増加率は2.0%なので賃上げ要件(1)の15%が適用され、計算のベースになるのは増加額の80万円です。控除額は80万円×15%=12万円になります。
もうひとつ、控除額には天井があります。法人税額または所得税額の20%です。中小企業庁のガイドブックは、繰越税額控除制度の適用を受ける場合には繰越分と合わせて20%が上限になる、としています。ですから利益が薄い年度は、計算上の控除額が丸ごと使えるとは限りません。ここが次の論点につながります。
赤字でも使えるのか?
使えます。ただし「その年に減らす」のではなく「将来の税金から引く権利を残す」という形です。
令和6年度税制改正で、中小企業には5年間の繰越措置が設けられました。要件を満たす賃上げをした年度に控除しきれなかった金額を、翌年度以降5年間繰り越せます。中小企業庁のガイドブックには、法人税額がゼロの赤字年度に賃上げ額1,500・税額控除額450が発生し、それを繰り越して黒字年度の控除上限300まで使い、超過した150をさらに翌年度へ繰り越す、という具体例が載っています。
この繰越には、実務上の落とし穴が2つあります。
- 明細書を毎年つけ続けないと、繰越は消えます。ガイドブックは、未控除額が発生した事業年度以後の各事業年度の確定申告書に繰越税額控除限度超過額の明細書を添付する必要があり、この明細書が提出されていない場合は未控除額は繰り越されず、繰越税額控除を適用できないと明記しています。1年でも添付を忘れると権利が途切れます。
- 繰越控除を使う年度にも条件があります。その年度において雇用者給与等支給額が比較雇用者給与等支給額より増加している場合に限り適用可能、とされています。賃上げを1年で止めて翌年に給与総額を下げると、せっかく繰り越した控除が使えません。
赤字の年度に「うちは関係ない」と判断して明細書を省くと、黒字に転じたときに使える控除がなくなっている。この構造は顧問税理士と共有しておく価値があります。金額が小さくても、赤字年度こそ明細書を出しておく、という取り決めにしておくのが安全です。
助成金をもらうと、賃上げ促進税制はどうなるのか?
賃上げのために助成金を受け取っている会社は、その分だけ賃上げ率が下がる可能性があります。ここは実務でいちばん間違いが起きるところです。
中小企業庁のガイドブックは「補塡額」という考え方を置いています。補助金・助成金・給付金などのうち、その交付の趣旨や目的が給与等の支給額に係る負担を軽減させることが要綱等で明らかにされているもの、または交付額の算定方法が給与等の支給実績や支給単価を基礎として定められているものは、給与等の支給額からその金額を控除して計算します。
ガイドブックには、補塡額に該当する国の助成金の例が具体名で載っています。中小企業でよく使うものを抜き出すと、次のとおりです。
| 助成金 | 該当するコース・種類(例) |
| キャリアアップ助成金 | 正社員化コース、障害者正社員化コース、賃金規定等改定コース |
| 人材開発支援助成金 | 人材育成支援コース(賃金助成・OJT実施助成)、教育訓練休暇等付与コース、人への投資促進コース ほか |
| 両立支援等助成金 | 育児休業等支援コース(職場復帰後支援)ほか |
| 特定求職者雇用開発助成金 | 特定就職困難者コース、就職氷河期世代安定雇用実現コース ほか |
| トライアル雇用助成金 | 一般トライアルコース、障害者トライアルコース ほか |
ガイドブックの計算例は、この効き方をはっきり示しています。前年度5,000万円、当年度5,000万円で補塡額が200万円あるケースでは、補塡額は雇用者給与等支給額に含まれないため差し引き後は5,000万円のままとなり、増加率は0%で賃上げ要件を満たさない、という結論になっています。賃金規定を改定するために助成金を取りに行ったのに、税制のほうでは賃上げと数えてもらえないという逆転が起こり得るわけです。
紛らわしいのが雇用調整助成金です。こちらは「雇用安定助成金額」として別扱いになり、補塡額には含まれないため、雇用者給与等支給額からは控除しません。ただし控除対象雇用者給与等支給増加額の上限となる「調整雇用者給与等支給増加額」の計算では、雇用安定助成金額を控除したうえで比較します。要件判定では引かないが、控除できる金額の天井では引く、という二段構えです。
なお、この一覧はあくまで国の助成金の例で、ガイドブックにも「今後更新予定あり」「御判断に迷うものがありましたら、税務署に御確認ください」と書かれています。都道府県や市町村の制度、たとえば山梨県賃金アップ環境改善事業費補助金のような県単独の補助金や、業務改善助成金のように賃金引上げが要件になっている制度をどう扱うかは、交付要綱の趣旨と算定方法で個別に判断することになります。ここは推測で処理せず、決算前に税務署か顧問税理士に確認してください。
補助金の賃上げ要件を満たせば、この税制も使えるのか?
いいえ、この2つは別の制度で、判定の物差しも違います。ここを混同したまま計画を立てると、あとで数字が合わなくなります。
ものづくり補助金や省力化投資補助金 一般型などの賃上げ要件は、補助事業の成果として何年かけてどれだけ賃金を上げるかを約束するものです。達成できなければ補助金の返還を求められることがあります。一方で賃上げ促進税制は、単年度の決算の数字で判定し、満たせば控除、満たさなければ控除なしというだけで、返還はありません。約束と結果、という違いです。
補助金の申請支援をしていると、この違いが効いてくる場面があります。私が補助金のご相談を受けたとき、事業計画より先に賃金台帳の12か月分をお願いすることにしています。高い補助率の要件に当てはまるかどうかで、手元に残る金額が数百万円変わるからです。ある製造業の会社では、この確認で「以前から地道に賃上げを続けてきた結果、いま社内に低い時給帯の従業員がほとんどいない」ことが分かりました。きちんと賃上げしてきた会社ほど、賃上げを条件にした高い補助率には当てはまらないという逆説が、現場では珍しくありません。この会社は補助率を低い前提に置き直して資金繰りを組み、加点の取得で採択の確度を上げる方向に切り替えました。
賃上げ促進税制のほうは、逆にこの会社に効きます。要件は「前年度より増えたか」だけで、水準の高さを問われないからです。補助金で不利になる会社が、税制では素直に恩恵を受けられる。だから両方を同じ表に並べて、どちらで取り返すかを決めます。設備投資が絡むなら、中小企業経営強化税制の即時償却・税額控除も同時に検討する対象になります(それぞれ控除上限があるため、重ねて使う場合の有利不利は決算の数字で変わります)。
賃上げを決める前に、元銀行員として確認していること
制度の話をひととおりしたところで、順番の話をさせてください。この税制は、賃上げを決める理由にはなりません。
賃上げが負担で見送るという経営者の判断を、私は頭ごなしに否定しません。金額の重さが違うからです。給与は毎月出ていく現金で、税額控除が効くのは決算のあと、しかも法人税額の20%が上限です。控除があるから賃上げできる、という順番で考えると、資金繰りのほうが先に苦しくなります。
ですから相談の場では、賃上げ額を決める前に3つを見ています。ひとつは、年間の増加額を12で割った月次の追加流出がいくらか。ふたつめは、社会保険料の事業主負担が同時に増えるので、その分を足した本当の負担額。みっつめは、賃上げした後の月次の資金繰り表が、いちばん資金が薄くなる月でどこまで下がるか。この3つが見えていれば、「上げられる幅」は数字で決まります。感覚で1万円と言うのではなく、資金繰り表のいちばん低い月から逆算するほうが、結果的に踏み込めます。
もう一点、審査する側にいた立場からの補足です。賃上げは決算書に「人件費の増加」として出ます。利益が同じなら、賃上げした会社のほうが売上総利益に対する人件費率は上がって見えます。ただ金融機関が見たいのはそこではなく、賃上げの結果として離職が止まったのか、生産性が上がったのかという説明です。決算書の数字の変化に理由を添えられる会社は、多少人件費率が上がっていても評価が下がりません。賃上げをするなら、その理由を来期の決算説明で言えるようにしておくと無駄になりません。
池田計画合同会社は、山梨県を拠点とする認定経営革新等支援機関です。代表の池田は、八十二銀行で法人融資の審査に長く携わったのち、中小企業診断士として独立しました。賃上げ促進税制が使える状態かの確認、助成金・補助金との組み合わせの整理、賃上げ後の資金繰り計画づくり、金融機関への説明まで、審査する側にいた視点でご支援しています。「うちは要件を満たしているのか」「補助金と税制のどちらを優先すべきか」という段階でも構いません。AI補助金診断・補助金支援サービスをご覧いただくか、初回無料の経営相談からお気軽にご連絡ください(税額の最終的な判断は顧問税理士とご一緒に行います)。
よくある質問
役員の報酬を上げた分は、賃上げ促進税制の対象になりますか?
なりません。給与等支給額の集計対象は国内雇用者で、経済産業省の用語説明では、使用人兼務役員を含む役員と、役員の特殊関係者(親族、事実上婚姻関係と同様の事情にある者、役員から生計の支援を受けている者など)は含まれないとされています。個人事業主本人と、その特殊関係者も同様です。同族会社で家族が働いている場合は、集計の段階で分けておかないと計算をやり直すことになります。
従業員を増やして給与総額が増えた場合も要件を満たしますか?
中小企業向けの必須要件は「全雇用者の給与等支給額」で判定するため、増員によって総額が増えた場合も判定に反映されます。1人あたりの賃金水準を上げなくても、総額が前年度比1.5%以上増えていれば要件の形は満たします。なお、中堅企業向けの制度は「継続雇用者」で判定するなど物差しが違うため、混同しないでください。
決算が終わってから気づきました。あとから適用できますか?
国税庁は、確定申告書等に控除対象雇用者給与等支給増加額、控除を受ける金額およびその計算に関する明細を記載した書類の添付がある場合に限り適用される、としています。当初の申告で明細を添えていることが前提の制度です。過年度分の取り扱いは個別事情によるため、まず顧問税理士に相談し、必要なら所轄の税務署に確認してください。翌期以降については、決算3か月前に賃金台帳から見込みの増加率を集計しておくと取りこぼしません。
中小企業でも、中堅企業向けの制度を選べますか?
選べます。経済産業省の令和8年度改正パンフレットには、中小企業は要件を満たせば中堅企業向けの制度を活用することが可能、と明記されています。中堅企業向けは継続雇用者の給与等支給額が前年度比4%以上で10%、5%以上で15%、6%以上で25%、上乗せを含めて最大30%です。中小企業向けは最大35%かつ5年繰越が使えるため、通常は中小企業向けが有利になりますが、賃上げ率が高い年度は両方で試算してみる価値があります。
くるみん・えるぼしの認定は、いつまでに取ればよいですか?
中小企業庁のガイドブックでは、くるみん認定・くるみんプラス認定、えるぼし認定(2段階目以上)は適用事業年度中に取得した場合、プラチナくるみん認定・プラチナえるぼし認定は適用事業年度終了の時において取得している場合が対象とされています。くるみん認定については、令和4年4月1日から適用される改正後の基準を満たしたものに限られます。認定には行動計画の策定と実績が必要で数か月かかるため、上乗せを狙うなら期初に動き出すことになります。
どの補助金が使えるか、無料で診断します
採択率88.2%・元銀行員の中小企業診断士が、貴社に合う制度と申請までの道筋を初回無料でご案内します。
無料相談はこちら