公開日:2026年7月9日 更新日:2026年7月12日 執筆:池田哲郎(中小企業診断士・認定経営革新等支援機関/池田計画合同会社 代表)
「最低賃金が1,052円まで上がって、来年も上がる。賃上げはするつもりだが、その分どこかで会社に返ってくるものはないのか」。山梨県内の経営者から、この時期よくいただく質問です。国の業務改善助成金と並んで、まず候補に挙がるのが山梨県独自の山梨県賃金アップ環境改善事業費補助金です。
結論から言えば、この補助金は「時給30円以上の賃上げを行う山梨県内の中小企業が、休憩室やトイレの改修など労働環境の改善に投資した費用の4/5(一部地域は9/10)を、県が補助する制度」です。令和8年度(2026年度)の環境改善コースは2026年8月31日まで受け付け予定で、審査で競う方式ではなく先着順。予算がなくなり次第終了します。1事業場あたりの上限は最大130万円、キャリアアップ助成金などとの連携要件を満たせば最大260万円まで広がります。
私は元銀行員として法人融資の審査に長く携わり、いまは診断士として山梨県内の補助金申請を支援しています。その現場の感覚で言うと、この補助金は「賃上げを既に決めている会社にとっては、使わない理由を探すほうが難しい制度」です。一方で、対象経費の線引き(国の業務改善助成金との棲み分け)に独特のクセがあり、そこを知らずに計画すると空振りします。順に整理します。
山梨県賃金アップ環境改善事業費補助金とは?
この補助金は、物価高騰に対応した中小企業の継続的な賃上げを後押しするため、一定の賃金引き上げに取り組む山梨県内の中小企業事業者が、労働環境の改善に使った経費の一部を県が補助する制度です。ポイントは「賃上げそのもの」にお金が出るのではなく、賃上げとセットで行う職場環境への投資に対してお金が出るという構造です。
令和8年度の募集は、次の2本立てです。
| コース | 内容 | 補助率 | 受付期間(2026年) |
|---|---|---|---|
| 環境改善コース | 休憩室・トイレ改修など労働環境改善の設備投資等 | 4/5(大月市・上野原市・南部町は9/10) | 5月11日〜8月31日(予定) |
| スキルアップ研修推進事業費補助金 | 従業員の人材育成・教育訓練のための研修費用 | 10/10(上限30万円) | 5月11日〜11月30日 |
注意したいのは、過去の年度に存在した「上乗せコース」「拡大コース」「DX研修」は、令和8年度の募集には見当たらないという点です。検索すると商工会議所や士業のページで旧年度のコース構成のまま残っている解説が多く出てきますが、現在申請できるのは上の2つです。制度の中身は年度で変わるので、必ず山梨県の公式ページ(令和8年度)の募集要領で確認してください。
なおスキルアップ研修推進事業費補助金は、原則として環境改善コースの交付決定を受けた事業者が申請するものです(同時申請は可能)。研修だけ単独で使うことはできません。研修を受けるのが事業主や役員でも対象になる、という珍しい特徴があります。
対象になるのはどんな会社?(要件チェックリスト)
要点を先に言うと、「山梨県内の事業場で、社内の最低時給が1,052円以上1,500円以下。そこから30円以上の賃上げを行い、県のスリーアップ認証を受ける(見込みで可)中小企業」が対象です。主な要件は次のとおりです。
- 山梨県内に事業場がある中小企業であること(業種ごとに資本金または従業員数で判定。例:一般産業は資本金3億円以下または従業員300人以下、小売業は5千万円以下または50人以下)
- 事業場内最低賃金が1,500円以下であること。かつ申請時点で山梨県の地域別最低賃金(2026年5月1日時点で1,052円)以上であること
- 2026年3月14日〜2027年2月10日に、事業場内最低賃金を30円以上引き上げること。引き上げ後の額を就業規則等でその事業場の下限賃金と定めること
- 「豊かさ共創スリーアップ実践企業」の認証を受けていること(申請時は取得見込みでも可。アドバンス・プレミアムどちらでも可)
- 申請日前おおむね6か月以内に解雇や賃金引き下げ等を行っていないこと、県税の滞納がないこと
「事業場内最低賃金」とは、その事業場で働く労働者(雇い入れ後6か月を経過した人)のうち、最も低い時間当たり賃金のことです。月給制の人は「月給÷1か月平均所定労働時間」で時給換算します。賞与や時間外手当、通勤手当・家族手当などは計算に入れません。ここの算定を誤ると要件判定そのものがずれるので、最初に賃金台帳で正確に押さえるのが実務の出発点です。
「豊かさ共創スリーアップ実践企業」は、スキルアップ・生産性向上・賃金アップの好循環に取り組む企業を山梨県が認証する制度です。申請時は認証審査の受付メールがあれば足りる(取得見込みで可)ので、未取得でもこの補助金をあきらめる必要はありません。詳細は県の認証制度ページをご覧ください。
いくらもらえる?補助率と上限額の早見表
補助額は「対象経費×4/5(大月市・上野原市・南部町の事業場は9/10)」と「賃上げした人数で決まる上限額」の低いほうです。上限額は、事業場の規模が30人未満だと優遇されます。
| 賃金引き上げ労働者数 | 上限額(30人以上の事業場) | 上限額(30人未満の事業場) |
|---|---|---|
| 1人 | 30万円 | 60万円 |
| 2〜3人 | 50万円 | 90万円 |
| 4〜6人 | 70万円 | 100万円 |
| 7〜9人 | 100万円 | 120万円 |
| 10人以上 | 120万円 | 130万円 |
さらに、次のどちらかに当てはまる場合は、上の表と同じ額がもう一度上乗せされます(=上限が実質2倍)。
- 厚生労働省のキャリアアップ助成金について、2025年4月1日以降に山梨労働局から支給決定の通知を受けている
- 2026年4月1日以降にやまなしキャリアアップ・ユニバーシティ(CUU)の講座を修了、もしくは受講申し込みをした(交付申請時は受講見込みでも可)
数字で見たほうが早いので、募集要領の算定例をもとに具体化します。従業員10名の製造業が150万円の設備投資をして2名の賃金を30円引き上げ、CUUを受講するケース。補助率で計算すると150万円×4/5=120万円、上限額は90万円+90万円=180万円。低いほうが交付額なので、150万円の投資に対して120万円が戻ってくる計算です。手出しは30万円+消費税分。補助率4/5という数字は、国の補助金ではまず見ない水準です。
複数の店舗・事業場をまとめて申請する場合は、会社全体で1,000万円(上乗せ該当なら1,600万円)が上限になります。「最大1,600万円」という宣伝文句はこの多店舗ケースの話で、1事業場だけなら上限は最大130万円(上乗せ該当で最大260万円)です。ここは誤解が多いので先に押さえておいてください。
何に使える?対象経費と「使えない経費」の落とし穴
対象になるのは「労働環境の改善」に資する設備投資等です。生産性を上げるための投資は、この補助金ではなく国の業務改善助成金の領域とされ、対象外になります。ここがこの制度いちばんのクセです。
対象になる典型例は次のようなものです。
- 快適な職場環境づくり:休憩室の設置・改修、トイレや洗面所の改修、空調・換気・照明など作業環境の改善、身体負担の大きい作業方法の改善
- 従業員の健康保持:健康測定・運動指導・メンタルヘルスケアの実施や、そのための施設・設備の整備
- 労働災害の防止:転倒・腰痛予防などの対策、安全衛生教育
- 多様な人材への配慮:子育て・シニア・障がいのある方・外国人従業員が働きやすい環境整備、女性の要望を取り入れたオフィス・社宅の整備
- これらを進めるための研修・経営コンサルティング
一方で、対象外の代表例が次です。私が相談を受けていて「そこは残念ながら…」とお伝えすることが多いポイントでもあります。
- 生産性向上・時間短縮が目的の設備——例えば「この機械で作業時間が減って休憩が取りやすくなる」という理屈は通りません。募集要領のQ&Aでも、労働能率の向上に資する設備は業務改善助成金等の対象となるため本補助金の対象外、と明記されています
- 食事会・社員旅行などレクリエーション費用、広告宣伝費などの通常の事業活動経費
- 単なるパソコンの買い替え、電子レンジ・炊飯器などの備品・什器(原則対象外)——ただし労働環境改善に直接資することを合理的に説明できれば認められる場合があります
- 乗用の車両(貨物用途や福祉車両などの特種用途自動車を除く)
- 老朽化した設備を同等品に入れ替えるだけの更新、法令上そもそも義務のある設備の後追い整備
- 交付決定日より前に発注・実施した経費、消費税
つまりこの補助金は、「稼ぐための投資」ではなく「働く環境を良くするための投資」専用です。逆に言えば、これまで「利益に直結しないから」と後回しにしてきたトイレ改修や休憩室の整備を、賃上げのタイミングで一気に片付けられる制度だと捉えると、使いどころが見えてきます。
業務改善助成金とどう違う?併用はできる?
一言で言えば、「生産性を上げる投資は国の業務改善助成金、職場環境を良くする投資は県のこの補助金」という役割分担です。どちらも「事業場内最低賃金の30円/50円以上の引き上げ」を軸にした制度なので混同しやすいのですが、対象経費が意図的に住み分けられています。
| 山梨県賃金アップ環境改善事業費補助金(環境改善コース) | 業務改善助成金(国・令和8年度) | |
|---|---|---|
| 実施主体 | 山梨県 | 厚生労働省(窓口は山梨労働局) |
| 賃上げ要件 | 30円以上 | 50円・70円・90円の3コース |
| 対象経費 | 労働環境改善(休憩室・トイレ・健康・安全など) | 生産性向上の設備投資(機械・システムなど) |
| 補助率 | 4/5(一部地域9/10) | 3/4または4/5 |
| 賃上げのタイミング | 2026年3月14日以降なら交付申請前でも可 | 交付決定後に実施が原則 |
| 受付 | 2026年8月31日まで(予定・先着順) | 2026年9月1日受付開始 |
併用のルールも整理しておきます。同一の事業(同じ設備投資)に両方を使うことはできません。また、業務改善助成金を申請済みの場合は、その賃上げ完了後の事業場内最低賃金が、こちらの補助金での「引き上げ前」の基準になります。つまり同じ30円の賃上げを両制度で二重にカウントすることはできない一方、別の事業・別の経費であれば、国と県の両方を活用する道はあります。
賃上げを要件に組み込んでいるのは、国の補助金にもあります。たとえば中小企業省力化投資補助金の一般型は、大幅な賃上げに取り組む事業者ほど補助上限が引き上がる仕組みです。設備投資と賃上げを同時に検討している場合は、省力化投資補助金 一般型の解説記事もあわせてご覧ください。
実務では、この2つは対立ではなく順番の問題です。私が支援した県内のある製造業では、複数の設備投資計画を「県の制度で取る分」と「国の制度で取る分」に最初から切り分けて設計しました。判断基準はシンプルで、先着順で書類が軽い県の制度から先に動き、審査があり時間のかかる国の制度を後に置く。県の補助金は予算がなくなれば終わりなので、動きの速さがそのまま採否になります。業務改善助成金の詳しい中身は業務改善助成金の解説記事にまとめています。
申請の流れとスケジュール——先着順だから「早さ」が採択率
この補助金には、事業計画の優劣を競う「採択審査」がありません。要件と書類が整った申請を先着順で受け付け、予算の上限に達したら終了します。大まかな流れは次のとおりです。
- ①交付申請:申請書・事業計画書・収支予算書・見積書・賃金台帳(直近6か月分)・県税の納税証明などを事務局へ郵送またはメールで提出
- ②審査・交付決定:書類が整ってから1〜2か月程度
- ③事業の実施と賃上げ:交付決定後に発注・導入。2027年2月10日まで
- ④実績報告:事業完了の30日後または2027年2月10日のいずれか早い日まで
- ⑤補助金の入金:額の確定後の精算払(後払い)
- ⑥状況報告:賃上げから6か月経過後に賃金台帳を添えて報告
実務上の注意点を3つに絞ります。
第一に、発注は交付決定後が原則です。納期や在庫の都合でどうしても先に発注が必要な場合は「事前着手届」を出せば発注だけは認められますが、交付が確約されるわけではありません。
第二に、賃上げは2026年3月14日以降であれば申請前に実施していても構いません。ただし30円以上の引き上げを2回に分けることはできず、1回で行う必要があります。すでに今年の春に賃上げ済みの会社も対象になり得る、ということです。
第三に、支払いは現金または申請者名義の銀行振込のみ。クレジットカードや手形は使えません。細かいようですが、実績報告で引っかかる典型ポイントです。
受付は2026年8月31日までの予定ですが、予算の執行状況によっては途中で締め切られ、満額交付されない場合もあると募集要領に明記されています。「締切まで2か月あるから」ではなく、見積取得とスリーアップ認証の申請を今週から動かす、くらいの感覚をおすすめします。
【元銀行員の視点】後払いの立て替えと、賃金台帳の先回り
最後に、制度の説明書には書いていないけれど実務で差がつく点を2つ。
1つ目は資金繰りです。この補助金は精算払、つまり設備代は一度全額立て替えます。150万円の投資なら、120万円が戻ってくるまでの数か月間、150万円+消費税を自社の資金で回すことになります。加えて、賃上げした人件費は補助が終わったあともずっと続く固定費です。私は融資審査の側にいた人間として、「補助金で戻ってくる額」より「立て替え期間の手元資金」と「賃上げ後の人件費増を吸収できる利益体質か」を先に確認することをおすすめします。立て替えに手元資金が薄い場合は、金融機関へのつなぎ融資の相談を申請と並行して進めておくと安全です。
2つ目は賃金台帳です。賃上げ要件のある制度は、申請書を書き始める前に賃金台帳12か月分の整備状況を確認するのが鉄則です。実際、私が関わった研修事業の支援先では、賃金台帳が月別・個人別に整理されていなかったために申請が一時ストップしたことがあります。この補助金でも交付申請時に直近6か月分の賃金台帳が必要で、時給換算の計算(月給÷平均所定労働時間)もここから行います。「まず賃金台帳、それから申請書」の順番だけは崩さないでください。
なお山梨県には、国や県の補助金申請を行政書士・社会保険労務士に依頼する費用の一部を支援する申請サポート事業もあります。自社だけで書類を整えるのが難しい場合は、こうした支援と専門家をセットで使うのが現実的です。
池田計画合同会社では、この補助金を含めて「自社はどの制度が使えるか」の診断から、賃金台帳の確認、申請書類の作成、立て替え期間の資金繰り設計までワンストップでご支援しています。AI補助金診断・補助金支援サービスからお気軽にご相談ください。山梨県で使える制度の全体像は山梨県の補助金・助成金一覧で横断的に確認できます。
この補助金が自社の賃上げ計画に使えるかどうかを先に確認したい方は、お問い合わせフォームから賃金台帳と検討中の設備投資の内容をお知らせください。要件の該当確認から交付申請までサポートします。
よくある質問
山梨県賃金アップ環境改善事業費補助金はいつまで申請できますか?
令和8年度の環境改善コースは2026年5月11日に受付が始まり、2026年8月31日まで受け付ける予定です。ただし先着順で、予算の上限に達した場合は期間の途中でも終了し、申請しても満額交付されない場合があります。スキルアップ研修推進事業費補助金の受付は2026年11月30日までです。最新の受付状況は山梨県の公式ページで確認してください。
業務改善助成金と併用できますか?
同一の事業(同じ設備投資)に両方を使うことはできません。また、生産性向上や時間短縮が目的の設備はそもそもこの補助金の対象外で、業務改善助成金の領域とされています。ただし、労働環境改善の投資は県の本補助金、生産性向上の投資は国の業務改善助成金と、別の事業・別の経費に分ければ両方を活用する設計は可能です。
賃上げはいつ実施すればよいですか?すでに賃上げした場合は対象外ですか?
2026年3月14日から2027年2月10日までの間に、事業場内最低賃金を30円以上引き上げれば対象です。交付申請前に実施した賃上げでも、2026年3月14日以降であれば認められます。ただし30円の引き上げを2回に分けることはできず、1回で行う必要があります。また実績報告の前に、引き上げ後の賃金で1回以上支払いを行っていることが必要です。
対象になる設備投資の具体例を教えてください。
休憩室の設置・改修、トイレや洗面所の改修、空調・換気・照明など作業環境の改善、腰痛・転倒防止などの安全対策、健康づくりやメンタルヘルスケアの取り組み、子育て中の方やシニア・障がいのある方が働きやすい環境整備、そのための研修やコンサルティングなどです。一方、生産性向上目的の機械、乗用車両、電子レンジなどの備品・什器(原則)、レクリエーション費用は対象外です。
「豊かさ共創スリーアップ実践企業」の認証を受けていないと申請できませんか?
認証は要件のひとつですが、交付申請の時点では取得見込みでも構いません。認証審査の受付メールの写しを添付すれば申請できます。認証はアドバンス・プレミアムのどちらでも有効です。スリーアップ認証は山梨県がスキルアップ・生産性向上・賃金アップに取り組む企業を認証する制度で、オンラインで申請できます。