先日、ある旅行業の経営者さんと話していて、なるほどと思ったことがありました。「うちは仕入れに20%乗せて値段を出してるんで、これ以上は無理ですね」と笑顔でおっしゃるんですが、よく聞くと、その「20%」に根拠はない。お父さんの代からずっとそうしてきた、というだけの話でした。
しかも、お客さんの口コミ評価は地域でトップクラス。なのに値段は地域で一番安い。そこで「逆に、もし1500円上げたとして、それでもお客さんはあなたを選びますか?」と聞くと、少し考えて「うーん、たぶん、選んでくれるかな」と。
電卓を叩いてもらいました。年間の利用者が3200人。500円上げるだけで年間160万円、1500円なら480万円。しかもこれは、儲けがそのまま増える数字です。安くしても選ばれなかった時期があったのに、価値さえ伝われば少し高くても選ばれる。それに気づいた瞬間、社長さんの顔色が変わりました。
こうした場面に、私は何度も立ち会ってきました。元銀行員(法人融資担当)として融資の現場を、いまは中小企業診断士として山梨で値決めや資金繰りの相談を、数多く見てきました。そこではっきり言えるのは、値段の決め方を「原価+利益」でやり続けている限り、会社の収益は永遠に伸びていかない、ということです。
値決めの方式には、大きく三つあります。原価に利益を乗せる「コスト積み上げ」、競合の値段に合わせる「競合比較」、お客さんが感じる価値から逆算する「バリューベース」。この3方式です。
結論を先に言うと、中小企業が利益を伸ばせるのは、三つ目のバリューベースだけです。前の二つは、自分の都合か競合の都合で値段を決めているだけで、「お客さんはいくらまでなら払うか」という肝心の視点が抜け落ちている。以下では、なぜそう言い切れるのかを、現場の例で見ていきます。
「コストから値段を決める」という思考停止
中小企業の値決めの八割は、私の感覚で言うと「原価に何%か乗せて出す」です。建設業なら積算、飲食業なら原価率三割、サービス業なら時間単価×時間数。
これは一見、合理的に見えます。赤字にならないし、説明もしやすい。お客さんに「なんでこの値段なんですか?」と聞かれても答えに困らない。
ただ、よくよく考えるとおかしい話なんですよね。
たとえば、同じ材料で同じ手間をかけて作ったお菓子を、駅前の路地裏で500円で売るのと、銀座の百貨店で2,000円で売るのとでは、どちらの値段が「正しい」んでしょうか。
答えは、どちらも正しい。なぜなら、値段とは「お客さんがいくらまでなら払うか」で決まるものだからです。
経済学ではこれを Willingness to Pay(WTP、支払い意欲)と呼びます。同じ商品でも、お客さんによって「ここまでなら払ってもいい」という上限は違う。商売とは本来、その上限のすぐ下に値段を付けて、お客さんとお店が両方ともちょっとずつ得をする取引のはずなんです。
ここの発想を持っていない社長さんは、お客さんが払ってもいいと思っている上限よりずっと下で値段を決めて、自分から利益を捨ててしまっている。私はこれを「原価病」と呼んでいます。
バリューベース・プライシングという考え方
さきほどの三つの分け方は、私の思いつきではありません。経営学者のトーマス・ナグルが『The Strategy and Tactics of Pricing』という本で整理したもので、彼の主張はシンプルです。儲かる値決めはバリューベースだけ。コスト積み上げも競合比較も、結局のところ自分の都合か競合の都合で決めているだけで、お客さんがいくら払いたいか、という肝心の話が抜けている。
中小企業の社長さんが「うちはこれ以上値段を上げられない」と言うとき、ほぼ100%の確率で、お客さんに「いくらまでなら払ってもいいですか」と聞いたことがありません。
これ、本当に不思議な話で、家を買うときには三回見積もりを取って交渉するのに、自分の商品を売るときには競合と同じか、少し下の値段を勝手に決めている。
「うちは特別なことなんてしてない」の正体
ある石材店の社長さんと、お墓の工事の話をしていたときのことです。
「他の石屋さんと、どこが違うんですか?」
「いやぁ、うちは特別なことなんて何もないですよ」
そこで、お客さんから何を褒められたかをひとつずつ聞いていきました。出てきたのは、「打ち合わせで一度も追加料金を請求されなかった」「墓地の管理組合とのやりとりまで代行してくれた」「設置後に近所のお墓もタダで掃除してくれた」。
これ全部、原価には乗りません。でも、お客さんから見ると、他の石屋さんが平気で追加請求してくる場面で、追加請求がないこと自体が大きな価値になっている。
つまり、お客さんは石材そのものではなく、「面倒なやりとりが全部消える安心感」にお金を払っている。これがWTPの正体なんですよね。
それに気づくと、見積もりの作り方が変わります。「石材代いくら、工賃いくら」ではなく、「お墓建立をワンストップで完結させるパッケージ」として一式で出す。すると、原価から見積もるよりも、お客さんが価値を感じる総額から見積もるほうが、お互い納得しやすくなるんです。
AI時代に原価ベースは余計に危ない
原価ベースの値決めは、AIが進む時代にますます不利になります。たとえばホームページ制作のように、以前は20万円かかった仕事が生成AIで一日で形になると、原価連動の会社は自動的に値段を下げざるを得ません。一方、値段の起点を原価ではなく成果に置いている会社は、原価が下がっても値段を据え置けますし、むしろ「成果保証」をオプションに足して客単価を上げることもできます。
この論点はAIに仕事は奪われる? 机の上の仕事から先に消える理由で詳しく書きましたので、あわせてご覧ください。
下請け・BtoBは、どこからバリューベースを始めるか
ここまで読んで、「うちは発注側が値段を決める下請けだから、そんな理屈は通らない」と思われた方もいるかもしれません。確かに、相見積もりで一番安いところが選ばれる世界では、WTPもへったくれもない、という感覚はよく分かります。
ただ、下請けにこそ抜け道はあります。鍵は、相見積もりの土俵の外に出る「一芸」を一つ作ることです。
さきほどの石材店が、墓地の管理組合とのやりとりまで代行して「面倒が全部消える安心感」を売っていた話を思い出してください。あれと同じ発想です。図面どおり作るだけなら価格でしか比べられませんが、「短納期に対応できる」「試作段階から相談に乗れる」「発注側の検査工程を一部肩代わりできる」。こうした、相見積もりの比較表には載らない価値をどれか一つでも持てれば、そこだけは価格競争から半歩外れます。全部やる必要はありません。自社が既にやっていて、まだ値段に反映できていないものを一つ探すところからで十分です。
見積書の見せ方も、同じ理屈でひと工夫できます。「材料費いくら、加工賃いくら」と内訳を細かく出すほど、発注側に「コストはこれだけか」と手の内を教えてしまう。先ほど触れた逆説です。だから、一芸にあたる部分は個別の単価を立てず、「◯◯まで含んだ一式」としてまとめて出す。そうすると、相手も分解して一項目ずつ叩きにくくなります。
明日からやってほしい三つのこと
長く話してきたので、最後に具体的な行動を三つ。
一つ目。直近に成約した案件のお客さんに、「もし値段が一割高かったら、買いましたか?」と聞いてみてください。半分以上が「たぶん買った」と答えたら、あなたは確実に値段を捨てています。聞きづらければアンケートでも構いません。三人聞けば、傾向が見えてきます。
「たぶん買った」と分かったら、次は「では、いくらまで上げるか」です。ここで役に立つのが、簡易版のPSM分析という考え方です。難しく構える必要はなく、お客さんに二つだけ聞きます。「これはさすがに高すぎる、と感じるのはいくらからですか」「逆に、安すぎてかえって品質が不安になるのはいくらですか」。この二つの答えの間が、お客さんが納得して払える価格帯です。上限ぎりぎりを狙う必要はなく、その帯の中で、今より少し上を取りにいく。そして、いきなり上限までは上げないことです。まずは今の価格から5〜10%ほど上げて、客数や反応の動きを見る。問題がなさそうなら、次の改定でもう一段上げる。冒頭の旅行業の社長さんも、いきなり1,500円上げたのではなく、「500円上げるだけで年間160万円」という手前の一歩から現実味を持てたのでした。小さく試して確かめながら、値段を育てていくイメージです。
二つ目。見積書を見直してください。「材料費」「工賃」「諸経費」と内訳を細かく書きすぎている見積書は、お客さんに「コストはこれだけしかかかっていない」と教えているのと同じです。一式表記に変えて「お客さまの○○を解決するパッケージ」という見出しを付けるだけでも、印象は大きく変わります。
三つ目。「今、お客さんが面倒だと思っていることのうち、自分が代わりにやってあげられること」を三つ書き出してください。それがあなたの会社のWTPの源泉です。原価には絶対に乗らない、けれどお客さんは確実にお金を払う部分。ここを言語化できると、値段を上げる根拠は自然と見つかります。
なお、付加価値そのものを底上げする新メニューや設備への投資には、山梨県内なら小規模事業者持続化補助金のような制度が後押しになることもあります。値上げの根拠づくりと同時に、価値の中身を厚くする一手も考えてみてください。
よくある質問
原価をベースに値段を決めるのは、何がいけないのですか?
赤字にはなりませんが、お客さんが「いくらまでなら払うか」を一切見ていないので、相手が払ってもいい上限よりずっと安く売ってしまいがちです。結果として、自分から利益を捨てることになります。値段は原価ではなく、お客さんが感じる価値から逆算するのが基本です。
バリューベースの値決めは、何から始めればいいですか?
まず直近で成約したお客さんに「もし1割高かったら買いましたか」と聞いてみてください。半分以上が「たぶん買った」と答えるなら、値段を取りこぼしています。あわせて、お客さんが面倒に感じていることを自社が肩代わりできている点を3つ書き出すと、それがそのまま値上げの根拠になります。
まとめ
値段は原価から計算するものじゃありません。お客さんが「払ってもいいな」と思う上限から、逆算するものです。
原価ベースの値決めを続けている限り、会社は永遠に下請けの位置から抜け出せません。AI時代には、この差はもっと露骨になっていきます。原価がどんどん下がる時代に、原価連動の値段を付けていたら、利益も比例して痩せていくのは当たり前なんですよね。
明日の朝一、見積書のフォーマットを開いてみてください。そこに「材料費」「工賃」と並んでいるだけだったら、もうそれは古い時代の見積書です。一行でいいので、「お客さまの○○を解決するために」という見出しを書き足す。それだけで、値決めの起点は変わり始めます。
値上げの伝え方そのものに不安がある方は、「値上げしたいけど客離れが怖い」社長へもあわせてどうぞ。
自社の値決めを一度棚卸ししたい方は、お気軽にご相談ください。山梨を拠点に、法人融資を審査してきた元銀行員として、そして中小企業診断士として、御社の現場に合わせて一緒に整理します。