経営者の方とお話ししていると、こんな言葉を本当によく聞きます。
「値上げしないといけないのは分かってるんです。でも、お客さんが離れちゃったらどうしようと思うと、なかなか踏み切れなくて……」
その気持ちは、痛いほど分かるんですよね。長年の付き合いがあるお客さんに「来月から上げます」と言うのは、誰だって怖い。特に中小企業の場合、一社失うだけでも売上への影響が大きいですから。
ただ、これまで何十社もの値上げの相談に乗ってきて、一つはっきり言えることがあります。値上げでお客さんが離れる原因は、値上げそのものではなく、上げる根拠がないことと、伝え方を誤ることにあります。逆に言えば、この順番さえ守れば、客離れは思ったほど起きません。
私は元銀行員(法人融資担当)で、いまは中小企業診断士として、山梨を中心に経営のご相談に乗っています。融資の審査の現場でも、顧問先の値決めでも、値上げに踏み切れない社長さんの背中を、感情論ではなく数字で押してきました。
「大変なんです」を数字に変換する
値上げの相談をされる経営者の方に、私が最初にやるのは「何がどれだけ上がったか」を具体的に洗い出すことです。
たとえば、ある不動産賃貸業の経営者さんとの面談で、こんなやり取りがありました。
「電気代が上がって大変です」とおっしゃるので、「ちなみに、kWhあたりの単価って以前と比べてどれくらい変わりました?」と聞くと、「20円が40円。倍です」と。「年間の実額だとどれくらい増えてます?」と聞くと、「うーん……600万ぐらい増えてますね」。
ここで初めて、「大変なんです」が「年間600万円のコスト増」という具体的な数字になるわけです。
ここからさらに掘ります。「従業員さんの人件費はどうですか?」と聞くと、山梨県の最低賃金は直近の令和7年度改定で988円から1,052円へ、一気に64円(約6.5%)上がりました(山梨労働局の公示による、2025年12月1日発効)。近年は毎年こうしたペースで上がっていて、パートさんの時給も当然その分だけ上がっている。「それから不動産周りは?」と聞くと、固定資産税の評価替えや、修繕費の高騰もある。
こうやって一項目ずつ積み上げていくと、「エネルギーコスト年600万増」「人件費年150万増」「修繕・維持費年100万増」で、合計850万円のコスト増。これを売上に対する比率で見ると、4〜5%に相当する。つまり、現状維持するだけでも4〜5%の値上げが必要という根拠が、数字で見えてくるんですね。
なお、上がり続ける人件費そのものへの手当てとしては、山梨県で使える賃上げ支援の補助金・助成金を併用する手もあります。値上げと制度の活用は、どちらか一方ではなく両輪で考えるのがおすすめです。
いきなり全部上げなくていい
根拠ができたとして、じゃあ明日から全取引先に一律5%値上げの通知を出すかというと、それはちょっと現実的じゃない。
私がよくお勧めしているのは、影響の小さい先から試すというやり方です。
どういうことかというと、取引先には「この会社との取引がなくなったら困る」というところと、「なくなっても何とかなる」というところがあるじゃないですか。まずは後者、つまり自社にとってリスクの低い先から値上げの交渉を始める。
そこで相手がどう反応するかを見れば、「この程度の値上げなら受け入れてもらえるんだ」という手応えが得られる。逆に「さすがにそれは……」と言われたら、幅を調整する判断材料になる。いきなり大口の取引先に切り出して、万が一こじれるよりも、ずっとリスクが小さいわけです。
ある製造業の経営者さんは、このやり方で6社ある取引先のうち、まず小口の2社に打診しました。結果、2社とも了承。その実績を持って、次に中口の取引先に交渉に行ったところ、「他も上がってるなら仕方ないですね」と。最終的に、6社中5社で値上げが通りました。残り1社は据え置きでしたが、全体としては十分な改善です。
「口頭」ではなく「書面」で伝える
もう一つ、値上げの交渉で非常に大事なのが、根拠を書面にして渡すということです。
「電気代が倍になりまして……」と口頭で言うだけだと、相手も「うちも大変なんだよ」で終わってしまうことが多い。でも、A4一枚でいいので、「①エネルギーコスト:kWh単価20円→40円、年間600万円増」「②人件費:最低賃金6.5%の引き上げなど、年間150万円増」「③合計:年間850万円の原価上昇」と書いて見せると、話の進み方がまるで違います。
なぜかというと、書面にすると「この値上げは感情ではなく事実に基づいている」というメッセージになるからです。相手も社内で上に報告しやすい。「取引先から値上げの要請がありました。根拠はこれです」と、そのまま回覧できますから。
逆に、口頭だけだと相手の社内で「値上げって言ってたけど、断っておきました」で終わる可能性がある。書面にすることで、相手の社内の意思決定プロセスに乗せることができるんです。
参考までに、実際に渡すA4一枚のイメージを示します(想定例です。数字はご自身のものに入れ替えてお使いください)。
【価格改定のお願い】
平素より格別のお引き立てを賜り、誠にありがとうございます。近年のコスト上昇により、下記のとおり価格改定をお願い申し上げます。
① エネルギーコストの推移 電気料金:kWh単価 20円 → 40円(約2倍)/ 年間 約600万円の増加
② 人件費・最低賃金の推移 山梨県の最低賃金:988円 → 1,052円(+6.5%)/ 年間 約150万円の増加
③ コスト上昇の合計影響額 上記に修繕・維持費を加え、年間 約850万円(売上比 約4〜5%)の負担増
④ 価格改定のお願い つきましては、◯年◯月納品分より、価格を◯%改定させていただきたく存じます。何卒ご理解を賜りますようお願い申し上げます。
この一枚があれば、受け取った担当者はそのまま社内で回覧できます。「取引先から要請があり、根拠はこれです」と上に上げられるので、口頭で「値上げをお願いしたくて」と切り出すより、決裁が一段速く進みます。
値上げ幅は「現状維持の先」まで考える
ここまでは「現状維持に必要な4〜5%」を根拠にする話でした。ただ、本当はもう一歩踏み込みたいところです。コスト増をそのまま転嫁するだけだと、利益は増えず、目減りを止めるだけで終わってしまうからです。
考え方の目安は二段階です。まず土台として、①現状維持に必要な分(先ほどの4〜5%)を置く。そのうえで、②利益をどれだけ戻したいか(たとえば営業利益率をあと2〜3ポイント回復させたい、など)を乗せて、上げ幅の上限のあたりを決めます。もちろん一度に全部は難しいので、後で触れるように影響の小さい先から試しながら、どこまで届くかを探っていきます。
もう一つ、地味に効くのが端数の決め方です。たとえば現行7,000円に対して、8,700円と9,000円は、金額としては300円しか違いません。それでも、8,700円は「コストから細かく積み上げた誠実な数字」に見え、9,000円は「キリの良い、少し強気な数字」に見える。相手の性格や商品の位置づけに合わせて、あえて中途半端な数字にするか、あえてキリの良い数字にするかを選ぶと、同じ金額帯でも受け止められ方が変わります。
値上げと同時に「何を変えたか」を見せる
値上げが通りやすいケースをいくつも見てきて感じるのは、単に「上げます」だけではなく、「こちらも変わりました」が一緒に伝わると受け入れられやすいということです。
あるエステサロンの事例が分かりやすいかもしれません。
この方は客単価を7,000円から8,700〜9,000円に上げました。約25%の値上げです。普通に考えたら、けっこう思い切った数字ですよね。でも、同時にいくつかのことを変えた。
まず、週休2日制を導入しました。以前は週1日しか休みがなくて、スタッフの離職率が高かった。営業日数を減らした分、一人ひとりのお客さんにかける時間と集中力が上がる。結果として、スタッフの定着率が改善し、サービスの質も安定した。
さらに、炭酸スパトリートメントという高付加価値メニューを導入しました。お客さんからすると、「値段は上がったけど、前にはなかったメニューが追加された」「以前より丁寧にやってもらえるようになった」と感じる。
結果的に、客離れはほぼ起きませんでした。むしろ、値上げ後の方が利益率も働き方も改善して、「もっと早くやっておけばよかった」とおっしゃっていました。
店頭(BtoC)なら、伝え方はもっとシンプルでいい
ここまでは主に取引先との交渉、つまりBtoBの話でした。小売店や飲食店のように、一般のお客さんに直接向き合うBtoCでは、少しコツが違います。書面で理由を細かく積み上げるより、掲示は短く、感謝を先に、理由は一つに絞る。このほうが個人のお客さんには届きます。
たとえば、こんな一枚を入口やレジ横に貼るだけで十分です(想定例です)。
いつもご来店いただき、ありがとうございます。 原材料と光熱費の高騰が続き、これまでの価格を維持することが難しくなりました。 誠に恐れ入りますが、◯月◯日より一部商品の価格を改定させていただきます。 これからも、変わらぬ品質とおもてなしでお迎えします。どうぞよろしくお願いいたします。
BtoBの書面が「事実の積み上げ」で相手の社内を動かすのに対し、BtoCの掲示は「感謝と、一つに絞った理由」で個人の納得を得る。同じ値上げでも、相手が組織か個人かで、見せ方を変えるのがコツです。
「ぼったくり」じゃないことを伝えるフレーズ
値上げの交渉で一番ブレーキになるのは、「お客さんにぼったくりだと思われるんじゃないか」という不安だと思います。
これに対して、私がよくお伝えしているのは、こういう言い方です。
「別にぼったくるという話ではないんですよね。適正な利益をちゃんと確保しないと、事業を継続できない。本体が成り立たなくなってしまうのは、お客さんにとってもまずいことですから」
値上げは「もっと儲けたい」という話ではなく、「このままだと事業が続けられない」という話なんです。そのフレームで伝えれば、多くのお客さんは理解してくれます。
ただ、一つ大事なのは、すでに相手がやっていることをちゃんと認めることです。「御社にとっても、もちろんリスクがあることですよね」「もうかなり交渉はしていらっしゃいますよね」と。相手の事情を無視して「上げます」と言うのと、相手の立場を理解した上で「それでもお願いしたい」と言うのでは、受け止め方が全然違います。
よくある質問
値上げでお客さんが離れないか不安です。どうすれば?
離れる原因の多くは「値上げしたこと」そのものではなく「根拠が伝わらないこと」です。コスト増を項目ごとに数字で積み上げ、A4一枚の書面にして渡す。さらに、影響の小さい取引先から打診して手応えを確かめる。この順番を踏むと、思ったほど客離れは起きません。
値上げはどれくらいの幅で、どの順に進めればいいですか?
まず「現状維持に必要な値上げ率」を、コスト増の実額から逆算します(例:年850万円増=売上比4〜5%)。そのうえで、一律通知ではなく、なくなっても影響の小さい先から試し、通った実績を持って大口へ。可能なら毎年少しずつ上げるほうが、5年我慢して一気に上げるよりお客さんのショックは小さくなります。
値上げしないリスクの方が大きい
最後にもう一つだけ。
値上げを躊躇する経営者の方に、私はこう聞くことがあります。「ちょっと極論なんですけど、このまま値段を据え置いて、5年後も同じ利益を出せそうですか?」と。
たいてい、少し間があって「……難しいですね」と返ってくる。
原材料費、人件費、エネルギーコスト。全部上がっている。でも売値だけ据え置き。ということは、毎年少しずつ利益が削られている。5年後には、今よりもっと苦しい状態で、もっと大幅な値上げをせざるを得なくなるかもしれない。
3%の値上げを毎年やるのと、5年間我慢して一気に20%上げるのと、どちらがお客さんにとってもショックが小さいかは、言うまでもないですよね。
値上げのタイミングに「完璧な時」はありません。でも、根拠を数字で作って、影響の小さい先から試して、書面で丁寧に伝える。この3つを押さえれば、思ったほど怖いことにはならないはずです。
ぜひ、まずは「自社のコストが過去3年でいくら増えたか」を書き出すところから、始めてみていただければと思います。
そもそもの値段の決め方を見直したい方は、値段はコストから決めるものじゃないを、利益が残る売上ラインを知りたい方は固定費から逆算する生存売上の出し方もあわせてどうぞ。
「うちの値上げの根拠を一緒に作ってほしい」という方は、お気軽にご相談ください。元銀行員・中小企業診断士の視点で、交渉に使える根拠資料づくりからお手伝いします。