「池田さん、この業務、外に出すべきですかね?」
コンサルをやっていると、この質問を月に何度ももらいます。システム開発、ホームページ制作、経理業務、清掃や設備メンテナンス。中小企業の経営者にとって「外注か、自前か」は、お金に直結する切実な判断です。先に結論を言うと、この判断は外注費と人件費の金額差ではなく、探索・交渉・やり直しにかかる「見えないコスト」、つまり取引コストで決めるべきものです。
私は中小企業診断士として、山梨を中心に経営のご相談に乗っています。この「外注か内製か」の判断を整理するのに、よく使うフレームワークがあります。経営学では「取引費用理論(TCE)」と呼ばれるもので、オリバー・ウィリアムソンという経済学者が体系化した考え方です。ノーベル経済学賞も取っている、れっきとした「世界標準の経営理論」の一つ。
教科書通りに説明しても眠くなるだけなので、私の現場経験で翻訳してお話しします。
「見えないコスト」を見る目
外注か自前かを考えるとき、ほとんどの経営者さんは「外注費」と「人件費」を比較します。月額30万円の外注と、月給25万円の社員。単純に比べれば社員の方が安い。
でも、この比較には落とし穴があるんです。
外注には、見積書に載らない「見えないコスト」がたくさんかかっている。たとえば、業者を探して比較する時間、要件を伝えるための打ち合わせ、「これ、頼んだのと違うんだけど」というやり直し、契約書のチェック。これが「取引コスト」です。
逆に、社員を雇えば取引コストは減るけれど、今度は固定費が増える。忙しい月も暇な月も給料は同じ。教育コストもかかるし、辞められるリスクもある。
言葉だけだとピンと来ないので、ざっくり数字を置いてみます(想定例です)。月々のチラシ・SNS運用を、外注(月30万円)にするか、担当社員(月給25万円)を雇うかで迷っているとしましょう。給料だけ見れば、社員のほうが月5万円安い。ところが、社員側にも「見えないコスト」が乗ってきます。
- 給与:25万円
- 社会保険など法定福利(給与の約15%):約4万円
- 採用・教育の立ち上げ(探索)を月割りにした分:約2万円
- 指示・打合せ・マネジメントに社長が割く時間(月8時間×時給5,000円):約4万円
- 仕事の薄い月の手待ち(繁閑の谷)をならした分:約1万円
- 社員の実コスト合計:約36万円
いっぽう外注は、月30万円に、業者との打合せ・確認や、たまに出る「頼んだのと違う」のやり直しにかかる社長の時間(月4時間×時給5,000円)を足して、約32万円。
見かけは社員が5万円安かったのに、取引コストまで積むと、外注のほうが月4万円安い。順位がひっくり返ります。もちろん、社員が繁忙期にフル稼働して手待ちが出ないなら、逆の結論にもなります。要は、給料や外注費という「見える札」ではなく、この総額どうしで比べる、ということです。
取引費用理論が教えてくれるのは、「モノの値段だけ比べても意味がない。取引にまつわるコスト全体で判断しなさい」ということです。
取引コストが跳ね上がる3つの条件
では、どういう場合に取引コストが高くなるのか。ウィリアムソンは3つの条件を挙げています。これを中小企業の言葉に置き換えるとこうなります。
①「うちの事情」に合わせた仕事であること
たとえば、汎用の会計ソフトを買うだけなら取引コストは低い。でも、自社の独自の業務フローに合わせたシステムを外注で作ると、その業者に「うちの事情」がどんどん蓄積されていく。途中で業者を変えたくなっても、引き継ぎコストが膨大。これが「ロックイン」です。
実際、私のクライアントで6,000万円かけて基幹システムを外注した製造業の会社がありました。稼働してみたら使っている機能は全体の3割。でも、もうそのベンダーなしでは動かせない。追加開発のたびに「これは別見積もりです」と言われて、抜け出せなくなっている。
②先が読めない仕事であること
AI関連の開発なんかが典型です。発注時点では「何が完成形か」が発注者にもわからない。仕様書を書いても、作ってみたら「思ってたのと違う」がほぼ確実に起きる。こういう場合、請負契約だと「仕様通りに作りました」「いや、こういう意味じゃなかった」で揉めるんです。
③相手の仕事ぶりが見えにくいこと
ITの外注で特に多いのがこれ。社長は技術がわからない、ベンダーは経営がわからない。お互いに相手の仕事の品質を判断できない。結果として「とりあえず大手に頼めば安心だろう」となる。でも大手の下請け構造では中間マージンが何層も乗っていて、発注金額のうち実際に手を動かすエンジニアに届く分は、かなり目減りしてしまうことが少なくありません。
現場で使える「3つの処方箋」
理論の話はここまでにして、私が実際に中小企業さんにアドバイスしている処方箋を3つ紹介します。
処方箋①:システム開発は「小さく作って、確認して、広げる」
6,000万円のシステムを一括発注するのではなく、まずGoogleスプレッドシートで業務の流れを整理する。それで回るならそのまま使えばいい。回らない部分だけをシステム化する。50万円の小さな実験を6回やる方が、3,000万円の一括開発より遥かにリスクが低い。
これは取引費用理論の言葉で言えば「不確実性が高い取引は、小さく分割して段階的に検証する」ということです。小さく作る際の費用面では、IT導入補助金(デジタル化・AI導入補助金)が一部の対象になることもあります。
処方箋②:契約は「ハイブリッド型」にする
AI開発やシステム構築で、私がクライアントに勧めているのは「分割検収つきの準委任契約」です。要件定義フェーズで一度検収、プロトタイプで一度検収、本開発で最終検収。見た目は従来型のプロジェクト管理だけど、中身はアジャイル。
こうすると、途中で「方向が違う」と思ったらそこで止められる。全額払ってから「違う」と気づくのと、3分の1の時点で軌道修正できるのでは、リスクが全然違います。
処方箋③:「緊急対応力」が必要な仕事は内製する
あるビルメンテナンス業の会社で面白い事例がありました。排水管の詰まり対応を外注していたんですが、「業者を呼んで来てもらうまでに半日かかる。その間にテナントから苦情が殺到する」と。結局、自社で排水清掃の設備を持って、即日対応できる体制にした。
取引コストの観点で言えば、「緊急性が高い業務は、外部との調整コストが致命的になる」ということ。こういう仕事は値段が多少高くても内製した方がいい。逆に、急がない定型業務は外注の方がコスト効率がいいケースが多い。
最後に、代表的な業務を早見表にしておきます。①代替可能性(外に任せやすいか)、②コア度(自社の強みの源泉か)、③頻度、の3点で並べると、だいたいの当たりがつきます。あくまで一般論の目安です。
| 業務 | ①代替可能性 | ②コア度 | ③頻度 | 一言の目安 |
|---|---|---|---|---|
| 経理 | ◯ | × | 高 | クラウド化+外注しやすい |
| HP制作 | ◯ | △ | 低 | 制作は外注、日々の更新は内製 |
| 清掃 | ◯ | × | 高 | 外注向き(緊急対応が絡むなら内製も) |
| システム開発 | △ | △ | 低〜中 | 小さく分割して外注し、検収を刻む |
| 採用 | △ | ◯ | 低 | 母集団集めは外注可、最終判断は内製 |
同じ業務でも、前章の3条件(自社の事情がどれだけ絡むか)で答えは動きます。表はあくまで出発点だと思ってください。
AI時代に取引コストはどう変わるか
最後にもう一つ。AI時代に入って、この「取引コスト」の構造が根本から変わり始めています。
たとえば、従来は月額数十万円かけてITベンダーに保守を頼んでいた業務が、AIツールで社内の人間が自分で対応できるようになってきている。システムの設計と実装が分離していた「ITゼネコン」のモデルは、AIコーディングツールの登場で中間層が要らなくなってきました。
「人月」で稼ぐビジネスモデル自体が、AIによって成り立たなくなりつつあります。マッキンゼーでは2025年11月時点で、グローバル報酬の約4分の1がすでに成果報酬型に切り替わったと開示されています。「何時間働いたか」ではなく「何を実現したか」で値段が決まる時代が来ています。
これは中小企業にとっては朗報です。なぜなら、今まで「取引コストが高すぎて外注できなかった」仕事が、AIの力で低コストに外注できるようになる。あるいは、「専門人材を雇えなかった」仕事が、AIの補助で既存社員にもできるようになる。
取引コストの壁が下がれば、中小企業の選択肢は広がるんです。
よくある質問
外注と内製、どちらが得かを判断する基準は?
外注費と人件費の金額だけで比べないことです。外注には、業者探し・打ち合わせ・やり直し・契約確認といった「見えない取引コスト」がかかります。①自社特有の事情が深く絡む、②完成形がまだ見えない、③相手の仕事ぶりを評価しづらい。この3つに当てはまるほど取引コストが高くなり、内製寄りで考えるべきサインになります。
システム開発は最初から一括で発注すべきですか?
おすすめしません。完成形が見えにくい仕事ほど、一括発注は揉めるリスクが大きいです。まずスプレッドシートで業務を整理し、回らない部分だけを小さくシステム化する。契約も「分割検収つきの準委任」にして、途中で軌道修正できる形にしておくと、リスクをぐっと下げられます。
判断に迷ったら、この問いを
「外注か、自前か」で迷ったとき、私はいつもこの3つの問いを投げかけます。
「その仕事は、御社にしかない『事情』が深く絡みますか?」――深く絡むなら、内製寄りで考える。
「完成形が今の時点で見えていますか?」――見えていないなら、小さく外注して確認しながら進める。
「緊急時に、外部の人を待つ余裕がありますか?」――余裕がないなら、内製する。
この3つに答えるだけで、だいぶ整理がつくはずです。
AIで「人にしかできない仕事」の価値がどう変わるかは、AIに仕事は奪われる? 机の上の仕事から先に消える理由で詳しく書いています。
システム投資や外注の判断で迷われたら、お気軽にご相談ください。中小企業診断士・ITコーディネーターとして、御社の現場に合わせて一緒に整理します。